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慶應義塾大学 環境情報学部2026年【問い】
【問題】
1990年の創設以来、環境情報学部は、私たちを取り巻くすべてを「環境」と捉え、より良い環境をデザインし、創造することを追求してきました。初代学部長の相磯秀夫は、環境情報学が対象とする環境を、以下の4つに分類し、相互に重なり合うものとして捉えていました。(1)人間・動植物をとりまく自然環境・地球環境、(2)生物の種の保存と生きるための生態環境・生活環境、(3)集団をなして活動するための社会環境・組織環境、(4)科学技術によって人為的に創造される人工環境・情報環境、です。
問1. 次に挙げる文章A~Eは、いずれも人間を含む生物とそれを取り巻く環境や情報およびその相互作用に関することを述べていますが、それぞれの文章が取り上げている人間も環境も情報も多様です。
(1) 各文章が読者に伝えようとしているメッセージを1文または2文(60字以内)で簡潔に述べてください。解答欄A~Eにそれぞれ記載してください。
(2) A~Eの文章のうち3つを選び、それぞれの内容を一目でわかりやすく表す図を作成し、解答欄に記載してください。解答欄の左上のマスに、選んだ文章の記号を示してください。図は文章の理解を助けるための関係図や模式図のようなものを想定しており、必要なら文字を含めても構いません。各文章に登場する人間や生物、環境、情報という要素の相互作用を意識しながら作図してください。
問2. 冒頭(p.3)の文章は、現在の環境情報学部長から受験生へのメッセージで、この時代に議論されているトピックを例示しながら、環境情報学部が求める学生像を示しています。このメッセージを踏まえ、さらに問1で読んだ文章にも触れながら、以下の2つの問いに答えてください。
(1) いま地球に生きるあなたが特に重要と考えている問題を1つ選び、その「問題」の所在や本質を分析し(注1)、400字以内で述べてください。
(2) 問2(1)で分析した問題の解決策を考えてください。ここでは焦点を絞り込んだり、切り口やアプローチを自由に考えてかまいませんが、ぜひ挑戦的かつ具体的な解決策を示してください(注2)。また、環境情報学部で学んだあなたが、その実現にどのように貢献するかも述べてください。文字数は計800字以内ですが、100字相当分以内であれば、説明の補助のために絵や図を入れることもできます。もし図を入れる場合は、解答欄に10×10、15×6のように領域を区切って、その中に記載してください。
慶應義塾大学 環境情報学部2026年【答案例】
問1(1)
A: 藤原成一『よりよい生存』
生物は環境から自らに必要な情報を選び取り「環世界」を構築しており、人間の生もまた場所に関わる環世界づくりである。
B: 河合隼雄『こころの処方箋』
少年犯罪の「原因」を短絡的に断じず、心の自然破壊という現代社会全体の問題として捉え、子どものサインに気づくべきだ。
C: 綾屋紗月・熊谷晋一郎『つながりの作法』
情報の取捨選択は身体の感覚処理に依存しており、自閉症スペクトラムの当事者は情報の潜在化が困難なため独自の環境認知を持つ。
D: 上野千鶴子『情報生産者になる』
情報はノイズから生まれ、自明性と疎遠さの境界であるグレーゾーンに身を置くことで情報生産性が高まる。
E: 大塚健司『アジアのワンヘルス』
人・動物・環境の健康は相互依存しており、ワンヘルス・アプローチによる分野横断的な協働が不可欠である。
問1(2)
文章A
文章D
文章E
問2(1)
私が特に重要と考える問題は、情報技術の発展にもかかわらず、環境の変化が人々の行動変容につながらない「情報と身体感覚の乖離」である。気候変動のデータは日々更新され、生成AIは膨大な情報を要約するが、それらは多くの人にとって文章Dの言う「疎遠な領域」にとどまっている。学部長メッセージが指摘するように地球規模の環境問題は深刻化しているのに、大半の人は自分事として実感できていない。
この問題の本質は、文章Cが描く情報処理の身体性にある。人間は本来、五感を通じて環境情報を取捨選択する存在だが、デジタル化された情報は身体を経由しないため、文章Dの言う「ノイズ」にすらならず素通りしてしまう。文章Aが示すように、人は自らに意味のある情報だけで環世界を構築する。だからこそ、環境問題を自分事へ転換するには、これまでの延長線上の情報伝達ではなく、情報を身体的実感へと翻訳する新たな回路の設計が不可欠である。
問2(2)
私は解決策として、都市住民が地域の環境変化を五感で体感できる「身体的環境フィードバックシステム」の構築を提案する。焦点を、都市部の河川流域における水環境の変化に絞る。
具体的には、河川にIoTセンサーを設置し、水温・水質・濁度などの環境データをリアルタイムで取得する。従来、こうしたデータは数値やグラフとして公開されるだけで、住民にとっては文章Dの言う「疎遠な領域」にとどまっていた。そこで本システムでは、取得データを光・音・振動といった身体的刺激に変換し、河川沿いの遊歩道や公園のインスタレーションを通じて提示する。たとえば、水質が悪化すれば照明が暗くなり、水温が上昇すれば足元の振動が強まる。これにより、文章Cが示す身体の感覚処理を経由した情報取得が可能になり、環境データが住民にとっての「ノイズ」として機能しはじめる。
さらに、住民がスマートフォンで撮影した河川の写真や気づきを投稿できるプラットフォームを併設する。ここでは生成AIの画像認識機能を用いて、投稿写真から水面の色調変化やゴミの種類を自動分類し、センサーデータと照合することで、住民の身体的な「違和感」を定量データへ接続する。加えて、LLMによる対話機能で「この変化は何を意味するのか」という問いに、過去データとの比較や生態系への影響を平易な言葉で返答する。これは文章Aの環世界の考え方を応用し、専門的な環境情報を各住民の「意味ある世界」に翻訳する試みである。
この研究の意義は、環境情報の届け方そのものを変革する点にある。データの精度を高めるだけでは人は動かない。情報を身体感覚に変換するという回路を設計することで、環境問題を「知っている」から「感じている」へと転換し、行動変容の起点をつくることができる。環境情報学部では、IoTシステム設計とデータサイエンスを基盤に、身体性と情報デザインの融合を研究し、SFCキャンパス内の鴨池での実証実験から社会実装へつなげたい。
慶應義塾大学 環境情報学部2026年【解説】
こんにちは。今回は、慶應義塾大学環境情報学部の小論文問題を解説します。本年度の特徴は、課題文が5本(文章A〜E)と非常に多い点です。哲学、心理学、当事者研究、社会学、公衆衛生学と幅広い学問領域にまたがる文章を120分の試験時間内で読みこなす必要があり、時間配分に苦戦した受験生も多かったのではないでしょうか。
ただし、出題構成は近年の傾向を踏襲しています。問1(1)では各文章のメッセージを60字以内で要約する読解力・要約力、問1(2)では文章の内容を図式化する情報デザイン力、問2では自ら問題を設定し分析・解決策を提案する問題発見・解決力が問われました。いずれもSFCが一貫して重視してきた能力です。
問1の狙いと解答のポイント
出題意図
本問は、多様な学問領域の文章を正確に読解し、その核心的メッセージを簡潔に言語化する力を問うています。60字以内という字数制限のため、情報の取捨選択能力と要約力を測るものであり、SFCが重視する「情報処理力」が試されています。各文章は「人間・生物」「環境」「情報」の相互作用という共通テーマを持つものの、切り口が大きく異なるため、それぞれの独自性を的確に捉える必要があります。
構成の方針
60字以内で要約する際の基本方針は、各文章の「主張(結論)」と「その根拠となる核心概念」の2要素を端的に盛り込むことです。文章Aなら「環世界」、Bなら「心の自然破壊」、Cなら「情報の潜在化の困難」、Dなら「ノイズと情報生産」、Eなら「ワンヘルス」がそれぞれの核心概念にあたると言えます。単なる話題の列挙ではなく、筆者が「読者に何を伝えたいか」という意図を捉えることが重要です。
よくある失敗
まず、文章の「話題」を述べるだけで「メッセージ」になっていないケースは避けましょう。たとえば文章Aについて「環世界について述べている」と書くのは話題の記述であり、メッセージの要約ではありません。また、字数制限を意識するあまり抽象度が上がりすぎて、どの文章にも当てはまる汎用的な記述になってしまうケースもNGです。各文章固有のキーワードや概念を必ず含めることで、その文章ならではの要約にすることが重要です。
問2の狙いと解答のポイント
問2の狙い
問2は、SFCが最も重視する「問題発見・解決能力」を正面から問う設問です。(1)で問題を分析し、(2)で解決策を提案する二段構成は、SFC小論文の王道パターンです。
また、「問1で読んだ文章にも触れながら」という条件がある以上、文章A〜Eの概念を自分の議論に取り込む力が問われています。与えられた知的資源を「読めた」だけでなく「使えた」ことを示す場が問2です。
問2(1) 問題の分析
狙い: 問題を「挙げる」のではなく「分析する」力を見ています。注1に明記されている通り、表面的な記述ではなく、構造や本質に踏み込んだ分析と、自分ならではの切り口が求められています。
解答のポイント:
400字では、以下の2段落構成が最も整理しやすい形です。
第1段落:何が問題か。 冒頭で問題を1文で宣言し、誰に・どこで・どう生じているかを示します。学部長メッセージや文章に触れながら問題の深刻さを裏づけます。
第2段落:なぜそれが問題か。 構造的な原因に踏み込み、独自の視点を示します。文章の概念を「借りて」自分の分析を深化させるのがコツです。別解では文章Cの「身体性」と文章Dの「ノイズ」を組み合わせ、「デジタル情報は身体を経由しないためノイズにすらならない」という独自の分析を導いています。
よくある失敗: 問題を述べるだけで分析になっていないケース、文章への言及が形式的で自分の議論と結びついていないケース、全文章に無理に触れて論旨が散漫になるケースが典型的です。
問2(2) 解決策の提案
狙い: 「挑戦的かつ具体的」という一見矛盾する要求が核心です。大きなビジョンを示しつつ実装のイメージまで描ける力が試されています。
解答のポイント:
800字では以下の4段落構成が効果的です。
第1段落:解決策の宣言と焦点の限定。 問2(1)の分析から論理的に導かれる解決策を宣言し、対象を具体的に絞ります。別解では「情報が身体を素通りする」→「ならば身体的刺激に変換する」と因果で接続しています。
第2段落:具体的な仕組みの説明。 解決策の中核を「何を・どうやって・どこで」が伝わる具体性で述べます。文章の概念を設計原理として活用すると知的な厚みが生まれます。
第3段落:研究の意義。 この解決策がなぜ重要かという社会的意義を示します。別解では「知っている」から「感じている」への転換という意義を提示しています。
第4段落:SFCでの貢献。 具体的にどの分野を学び、どう実現に貢献するかを述べます。「学びたい」という願望ではなく、学びと解決策の論理的なつながりを示すことが差別化のポイントです。
問2(1)と(2)を貫く最重要ポイント
最も差がつくのは(1)と(2)の一貫性です。(1)の分析から(2)の解決策が論理的に導かれていることが不可欠です。この因果の軸が通っていれば、答案全体が一つの説得力ある議論として読めます。逆に(1)と(2)がずれていると、個々の内容が良くても全体の評価は下がります。
総評
2026年度の環境情報学部の出題は、「生物・環境・情報の相互作用」という学部の根幹テーマを正面から問う正統派の構成でした。5つの文章は哲学・心理学・当事者研究・社会学・公衆衛生学と多岐にわたり、受験生には幅広い知的関心と文章横断的な思考力が求められました。
問1で多様な視点を正確に理解し、問2でそれらを統合して独自の問題提起と解決策に昇華できるかが、合否を分けるポイントとなります。
なお、問1(2)の出題形式は2020年環境情報学部と近いものであり、それ以外も近年の過去問と類似する傾向であるため、過去問を研究し、答案作成→フィードバック→解き直しすることの重要性を改めて強調したいと思います。







