この記事の目次
慶應義塾大学 総合政策学部2026年【問い】
問1
【資料1】から【資料4】に論じられている知識人の役割やあるべき姿、知識人に対する批判について、各資料の違いと特徴が分かるように800文字以内で要約してください。問2
【資料5】を読み、福澤諭吉が当時の社会をいかに捉えて何を人々に訴えたのかを論じてください。さらにこれを踏まえて、今の時代に顕在化している社会課題の中であなたが重要と考えるものを一つ選び、その課題がどのようなものか、またその課題がなぜ重要なのかを述べてください。全体で600文字以内で書いてください。問3
あなたは、総合政策学部での学びを通じて、どのような「社会の先導者」を目指し、問2で論じた課題にどのように向き合っていきますか。【資料6】に示された総合政策学部の理念を踏まえて、また、【資料1】から【資料4】に示されたかつての知識人像や【資料5】に示された福澤諭吉の考え方も必要に応じて言及しながら、600文字以内で書いてください。
慶應義塾大学 総合政策学部2026年【答案例】
問1
四つの資料はいずれも、知識人が既存の権力や通念に対して批判的であるべきだという認識を共有している。しかし、知識人の役割の捉え方、批判の対象、行動の様式において各論者の力点は明確に異なる。以下、論点に沿って整理する。
まず知識人の役割について、チョムスキー(資料1)とサイード(資料3)は、不正義に対して声を上げる道義的責任を強調する点で近い。ただしチョムスキーが飢餓や人権抑圧といったグローバルな構造的問題の原因を知的に問い直す義務を説くのに対し、サイードは知識人を普遍的な正義の原則を公の場で「表象=代弁」する個人と定義し、忘れられた人々のために明確な立場を示す使命を重視する。一方アンダーソン(資料2)は歴史分析の立場から、植民地の知識人が二重言語能力と出版文化を通じて「想像の共同体」を形成し、国民国家のモデルを導入して支配体制を内側から転覆させた変革の担い手としての役割を描く。ブルデュー(資料4)は、文化生産の場の自律性を保持しつつ政治行動の有効性を高めるという二面的な役割を論じ、知識人インターナショナルの構築という集団的闘争を提起する点で独自性を持つ。
次に知識人に対する批判について、チョムスキーは「実用主義的な姿勢」の名のもとに権力構造を追認する知識人を厳しく批判する。サイードは聴衆に迎合するだけの知識人は存在すべきではないと断じ、権力に取り込まれた知識人を退ける。ブルデューは「組織的知識人」の神話を否定し、特権的な個人としての知識人像を乗り越えるべきだと主張する。アンダーソンはスワルディの論説を模範的事例として提示することで、支配者の論理に無自覚にとどまる姿勢を暗に批判している。
このように四者は権力批判という共通の軸を持ちながらも、個人の道義的責任、言語による歴史的変革、公的な表象行為、自律性に基づく集団的闘争と、それぞれ異なる核心を据えている。
問2
福澤諭吉は、ペリー来航後の日本社会を「人心の騒乱」と捉えた。西洋文明との接触がもたらした衝撃は制度改革にとどまらず人々の内面にまで及び、廃藩置県を経てもなお騒乱は激しさを増していると論じる。この混乱の中で社会の多数を占める人々は世論に流され、自ら判断することなく時代に翻弄されている。福澤はこうした状況に対し、世論を基準とせず、古今の議論を広く学び、利害得失の是非を虚心に見極める独立した知性の必要性を訴えた。そして文明とは物質的な安楽だけでなく「人間の知性と徳性の進歩」であるとし、その道を進むか退くかは一人ひとりの判断にかかっていると説いた。
この福澤の問題意識を踏まえ、私は現代の情報環境の変容を重要な社会課題として挙げたい。今日、アルゴリズムが個人の嗜好に合わせた情報を優先表示するフィルターバブルの中で、人々は自覚なく偏った情報に囲まれている。フェイクニュースの拡散が政治的分断を加速させ、事実に基づく冷静な議論も困難になりつつある。福澤が批判した「世論にあわせて一生を送る人々」の姿は、検証なく情報を拡散し感情的対立を深める現代の状況と構造的に重なる。この課題が重要なのは、情報環境の歪みが民主主義の根幹を揺るがすからである。市民が正確な事実に基づいて判断できなければ、合理的な政策選択は不可能になる。福澤が求めた独立した判断力は、情報の真偽を見極めるリテラシーとして今こそ求められている。
問3
私は総合政策学部での学びを通じて、「領域を横断して情報環境を設計し、市民の自律的な判断を支える先導者」を目指したい。問2で論じた情報環境の問題は、テクノロジー・心理学・政治学・メディア論など複数の領域にまたがる。資料6で加藤寛が批判したように、既存の学問のセクショナリズムではこの種の課題を解決できない。あらゆる学問を基礎に「総合的な判断」を行う力を養うSFCの理念こそ、この課題に立ち向かう出発点となる。具体的には、情報科学とメディア社会学を軸に、認知心理学や公共政策を横断的に学び、偏った情報環境を補正する仕組みの設計に取り組みたい。
また、知識人論から学んだ二つの姿勢を大切にしたい。第一に、サイードが説いた「表象=代弁」の精神である。情報格差の中で取り残される人々の存在を可視化し、公の場で声を上げる力は、先導者に不可欠だ。第二に、ブルデューが提起した「集団的闘争」の視点である。個人の発信だけでは構造は変わらない。教育機関・メディア・技術者が連携し、情報リテラシーを制度として社会に実装する枠組みづくりが必要だ。
この構想の根幹にあるのは福澤諭吉の文明観である。テクノロジーの利便性を追うだけでなく、人々が自ら考え判断する「知性と徳性の進歩」を促す方向に技術と政策を設計すること。それこそが、チョムスキーの言う権力構造への無批判な追従を防ぎ、開かれた社会を築く道だと考える。
慶應義塾大学 総合政策学部2026年【解説】
こんにちは。今回は、慶應義塾大学総合政策学部の小論文問題を解説します。本年では、3つの問いの制限字数が、過去最大の2,000文字となり、試験本番で多くの受験生が驚いたのではないでしょうか。
ただし、出題構成は近年の傾向と同様に、問1では課題の要素を整理する力、問2では課題の構造を描き出す力、問3では課題解決のための政策を提案する力が問われていました。
問1の狙いと解答のポイント
出題意図
問1は「要約」と銘打たれていますが、設問文に「各資料の違いと特徴が分かるように」とある以上、単なる個別要約ではなく「比較」が求められています。つまり「要約+比較」が真の出題意図です。この点を意識できるかどうかで、答案の構造そのものが変わります。
構成の方針
多くの受験生は、それぞれの資料を要約して、結論部分で全体を比較する構成を取ると思われますが、この回答例では「結論先行+論点横断」で段落構成しました。結論ファーストの構成の方が、確実に読み手にとって読みやすく、理解が促進されるためです。また、問いの条件を満たす回答であることを明示できます。
冒頭で4者の共通点(権力に批判的であるべきという認識)と相違点(力点が異なる)を提示し、その後「知識人の役割」「知識人への批判」という設問条件に対応する2つの論点で段落を分けています。各段落の中で4資料を横断的に比較するため、設問が求める「違いと特徴」が答案全体に行き渡る構造になっています。
条件の充足ポイント
最も見落としやすい条件は「知識人に対する批判」です。設問文は「知識人の役割やあるべき姿、知識人に対する批判について」と並列で求めており、「役割」だけ書いて「批判」を落とすと条件の半分に応えていないことになります。
回答例では第3段落を「批判」に充て、チョムスキー=実用主義的な姿勢への批判、サイード=聴衆に迎合する知識人への批判、ブルデュー=「組織的知識人」の神話の否定、アンダーソン=支配の論理に無自覚な姿勢への暗黙の批判を、それぞれ明示しています。
よくある失敗
第一に、感想を書いてしまうことです。「チョムスキーの主張は説得力がある」のような評価は問1では不要で、自分の意見は問2・問3で述べましょう。第二に、字数配分の偏りです。1つの資料に字数を使いすぎると、比較のバランスが崩れます。第三に、比較の視点がないまま4資料を順番にまとめるだけで終わるパターンです。回答例のように、冒頭か末尾で共通点と相違点の軸を明示する一文があるだけで、答案の評価は大きく上がります。
問2の狙いと解答のポイント
出題意図
問2は「歴史的テキストの読解」と「現代への応用」を一つの答案で接続する力を問う設問です。設問文を分解すると、前半で「福澤が当時の社会をいかに捉え、何を訴えたか」、後半で「現代の社会課題を一つ選び、内容と重要性を述べる」ことが求められ、さらに両者を「これを踏まえて」という一語でつなぐよう指示されています。この「踏まえて」が問2で最も重要な条件です。
構成の方針
回答例は「歴史→現在」の二段構成をとっています。前半約300字で福澤の社会認識と主張を整理し、後半約300字で現代の課題に展開しました。二つの段落を「この福澤の問題意識を踏まえ」という架橋の一文でつないでいるのがポイントです。前半と後半が論理的に接続されていることを読み手に明示する役割を果たしています。
前半の書き方
前半では福澤の議論から3つの要素を抽出しています。第一に社会認識=ペリー来航後の「人心の騒乱」、第二に批判の対象=世論に流され自ら判断しない人々、第三に主張=独立した知性で利害得失を見極め、文明(=知性と徳性の進歩)の道を進むこと、です。ここで「社会をいかに捉えたか(認識)」と「何を訴えたか(主張)」を意識的に分けて書くことが条件充足の鍵です。両者を混ぜて書くと、設問が求める二つの問いのどちらに答えているのかが曖昧になります。
課題の選び方
回答例ではSNS・情報環境の問題を選びました。課題選びで最も重要なのは、福澤の議論と「構造的に同型」であることです。福澤が批判した「世論に流される人々」の構図は、アルゴリズムによるフィルターバブルの中で検証なく情報を拡散する現代の状況と直接的に対応します。この対応関係が明確であるほど、「これを踏まえて」という条件を自然に満たせます。他にもAI時代の思考力低下やポピュリズムの台頭、教育格差と知的階層の固定化など、福澤の議論と接続しやすいテーマは複数ありますが、いずれの場合も「福澤のどの論点と対応しているか」を明示することが不可欠です。
よくある失敗
第一に、前半の分析を2〜3行で済ませ、後半の課題に字数を割きすぎるパターンです。設問は福澤の読解を明確に求めているため、前半が薄いと条件の半分が未充足になります。第二に、前半と後半が断絶するパターンです。福澤の議論と無関係な課題を唐突に持ち出すと「踏まえて」の条件を満たせません。第三に、課題の説明(何が起きているか)と重要性の根拠(なぜ放置できないか)を区別なく混ぜてしまうパターンです。この二つは別の問いですので、意識的に書き分けましょう。
問3の狙いと解答のポイント
出題意図
問3は、6つの資料を横断的に統合しつつ、自分自身の将来像を具体的に語る力を問う設問です。設問文を分解すると、①SFCでの学びを通じて、②どのような「社会の先導者」を目指すか、③問2の課題にどう向き合うか、④資料6の理念を「踏まえて」(必須)、⑤資料1〜4の知識人像や資料5の福澤の考え方に「必要に応じて言及」(任意だが推奨)、という5つの条件が読み取れます。特に④は「踏まえて」という表現から必須条件であり、資料6への言及がない答案は致命的な欠落となります。
構成の方針
回答例は3段落構成です。第1段落で先導者像の宣言と資料6の理念への接続、第2段落で資料3(サイード)と資料4(ブルデュー)を用いた具体的アプローチの提示、第3段落で資料5(福澤)と資料1(チョムスキー)を用いた理念的総括、という構造にしています。
冒頭で「領域を横断して情報環境を設計し、市民の自律的な判断を支える先導者」という概念(キーワード)を明言することで、答案全体の軸を読み手に示しています。先導者像は漠然と「社会に貢献したい」ではなく、「何をする先導者か」まで具体化することが重要です。
資料への言及の技術
問3で最も差がつくのは、資料への言及の仕方です。回答例では各資料の概念を、自分の議論の中で必然性のある位置に配置しています。資料6→課題が領域横断的だからセクショナリズムの打破が必要、サイード→声なき人々の可視化が先導者に不可欠だから、ブルデュー→個人では構造を変えられないから集団的な制度設計が必要、福澤→技術の方向性に「知性と徳性の進歩」という理念が必要だから、チョムスキー→権力への無批判な追従を防ぐ歯止めが必要だから、という具合です。
「なぜこの資料の視点が自分のビジョンに必要なのか」という理由とともに引用することで、「引用のための引用」を避けています。なお、アンダーソン(資料2)には直接言及していませんが、「必要に応じて」の条件下では問題ありません。
よくある失敗
第一に、問2との断絶です。問3は「問2で論じた課題に」と明記されているため、問2と異なるテーマで書くと条件違反になります。第二に、資料6への言及忘れです。資料1〜4に気を取られ、必須条件である資料6を落とすケースが意外に多いです。第三に、SFCでの学びの具体性が欠けることです。「幅広く学びたい」で終わるのではなく、どの分野をどう組み合わせるかまで踏み込みましょう。回答例では「情報科学とメディア社会学を軸に、認知心理学や公共政策を横断的に学ぶ」と明記し、SFCならではの領域横断の特色と結びつけています。
総評
資料6本の読解量、問1の「比較」要求、問2→問3の連動構造という3つの要素が重なり、時間配分と設計力が強く問われる出題でした。一方、問2の課題選択の自由度が高く、自分の得意分野に引きつけられる余地がある点は、慶應SFCへの志望度が高く、SFC研究を実践していた受験生には有利だと思われます。
受験生への対策
① 条件分解を習慣にする。 設問文を読んだら、求められている条件を書き出してチェックリスト化する。条件を1つ落とすだけで大きな失点になります。
② 問2→問3を「セット」で構想する。 問2で選ぶ課題が問3の土台になる連動型はSFCの定番です。構想メモの段階で3問のストーリーラインを決めてから書き始めましょう。
③ 慶應義塾・慶應SFCの理念に触れておく。 福澤諭吉と加藤寛が資料に含まれました。『文明論之概略』やSFCの設立理念に事前に目を通しておくと、本番での読解がスムーズになります。







