この記事の目次
- 慶應義塾大学 総合政策学部2019年【問い】
- 慶應義塾大学 総合政策学部2019年【答案例】
- 慶應義塾大学 総合政策学部2019年【解説】
- 総評
- 問1
- (図表A):サイバー犯罪に関する検挙件数の推移
- (図表B):世界の水資源利用
- (図表C):核弾頭保有数の推移
- (図表D):1日あたりの新たな難民・避難民発生数
- (図表E):栄養不足人口の地域別割合
- (図表F):日本の主要国のジニ係数の推移
- (図表G):水・食料・エネルギーの関連
- (図表H):欧米とラテンアメリカのポピュリズムの比較
- (図表I):安全な飲料水にアクセスできる人口割合
- (図表J):世界株式市場と経済政策不確実指数(グローバル)
- (図表K):食料需給の偏り
- (図表L):経済犯罪報告比率
- (図表M):世界経済のGDPギャップ
- (図表N):世界の核弾頭保有状況
- (図表O):OECD加盟国へのカテゴリー別永住移民流入数
- (図表P):世界のエネルギー自給率と一次エネルギーの輸出
- (図表Q):石炭、原油、天然ガスの地域別の生産と消費
- (図表R):世界人口の地域別割合
- (S)地域別のテロによる死者数
- (T):ウイルス届出件数の推移
- 問2
- 問3
- 問4
- まとめ
慶應義塾大学 総合政策学部2019年【問い】
慶應義塾大学総合政策学部では、問題発見解決型の教育・研究を実践してきました。そのためには、問題を発見・分析する力、固定観念にとらわれない柔軟なものの見方・洞察力・政策提言能力が必要です。【問題】の後に次の資料があります。
資料1は、「世界経済フォーラム(World Economic Forum)」が、毎年おおむね1月下旬に スイス・ダボスで開催されることが慣例となっている年次総会(通称、ダボス会議)で発表し た「グローバルリスク報告書」の2011年度版を抜粋したものです。 同報告書は、2011年から10年間のグローバルリスク展望の分析から、知見を提供しています。
資料2の図表は、問題(1)~(3)を解く上で必要となる諸々の図表です。
資料3は、北極海の最小海氷面積の推移を示した図表です。
これらの資料を独自の視点で分析し、以下の設問に答えなさい。
【問題】
(1)
資料1を読み、2019年の現時点で、2011年時点で予測された10のリスク予測、すなわち、①経済格差、②グローバル・ガバナンスの破綻、③マクロ経済の不均衡、④不正経済、⑤水、食料、エネルギー、⑥サイバー・セキュリティ問題、⑦人口動態の課題、⑧資源安全保障の問題、⑨グローバル化の抑制、⑩大量破壊兵器、について、予測から8年経った今、それらの予測の成否を判断する上で、その判断の根拠になる図表を資料2から選びなさい。根拠となる図表がない場合は、図表についての解答欄は空白にすること。なお、1つの予測につき根拠となる図表は複数でも構わず、また1つの図表が複数の予測の根拠となっても構わない。(2)
資料1で提示された①経済格差、⑥サイバー・セキュリティ問題、⑦人口動態の課題という3つのリスクのうちどれか一つを選び、選んだリスクについて資料2のデータを用いながら、予測の成否を含めて400字程度で論じなさい。
(3)
資料1で提示された10のリスク以外に、現在の世界でリスクとなっている事例を挙げて、200字程度でその概要を記しなさい。ただし、環境問題、自然災害に関するリスクは除く。(4)
資料3の図表を見て、北極海の最小海氷面積が推移している理由と、その推移によって生じる様々な変化、リスク、好機をより多面的に400字程度で論じなさい。
慶應義塾大学 総合政策学部2019年【答案例】
問1
10のリスク | 根拠となる図表 |
---|---|
①経済格差 | E、F、G、J、K、R |
②グローバル・ガバナンスの破綻 | C、N、S |
③マクロ経済の不均衡 | J、M |
④不正経済 | L、M |
⑤水、食料、エネルギー | B、E、G、I、K、P |
⑥サイバー・セキュリティ問題 | A、T |
⑦人口動態の課題 | D、O、R |
⑧資源安全保障の問題 | B、I、P、Q |
⑨グローバル化の抑制 | D、H |
⑩大量破壊兵器 | C、N |
問2
① 経済格差
資料1の予測の通り、国家間での経済格差は広がっていると私は考える。具体的には、経済水準が高い順に「先進国」「新興国」「途上国」に三分類した場合、先進国及び後進国は経済成長を続けているが、発展途上国の成長は見られていない。
資料Jによれば、世界経済は長期的に見て右型上がりに成長している。一方で、資料I及びKからは、途上国では水や食料といった生活インフラが、未だに十分な確保されていないことが読み取れる。これらは、途上国とそれ以外の国の間に、格差が拡大していることを示している。
また、国内での経済格差も広がっていると考える。資料Fでは、先進国内の経済格差を示すジニ係数の推移が記載されているが、いずれの国も2004年比でジニ係数が増加、すなわち所得格差が拡大していると読み取れる。これは、「GAFA」を始めとした一部のグローバル企業が成長した一方で、それ以外の企業や一次産業の成長は停滞したためだと思われる。(399文字)
問3
感染症への対応が挙げられる。グローバル化し、世界各国で人の移動がシームレスになった現在、特定の地域での感染症は、1つの大陸だけでなく、世界中で急速に普及拡大する恐れがある。特に、都市化が進んでいる先進国・後進国では、人の接触が密接である。こういった都市で感染症が普及してしまうと、経済活動が止まってしまうリスクがあり、人的被害だけでなく、経済へのマイナスの影響は甚大になる恐れがある。(193文字)
問4
北極海の最小海氷面積が減少している理由の1つに、地球温暖化の影響が挙げられる。温暖化の原因とされている二酸化炭素を各国が排出することで、北極海の海氷が溶けているのだと考える。
今後、さらに地球温暖化が加速すれば、多くの都市が水没の危機に瀕し、また甚大な自然災害のリスクが高まるだろう。したがって、地球温暖化の原因に対して、解決策を講じなければならない。
二酸化炭素の排出の原因の1つは、石炭火力をエネルギー産出活動であるが、石炭火力に代替するエネルギー源として、太陽光や風力のような、再生可能エネルギーが挙げられる。したがって、これらの活用を政府が後押しすることで、地球環境の保全に繋がり、また民間企業の経済活動を活性化させることに寄与するのではないだろうか。また、再生可能エネルギーを消費する企業は、消費者だけでなく資本市場からも評価され、企業価値が高まる好循環を作れると考える。(392文字)
慶應義塾大学 総合政策学部2019年【解説】
総評
大学での研究活動では、先行研究の調査に加えて、自分の研究テーマに関連するエビデンス(データ)を探して、これらを踏まえて自分の研究の新規性を打ち出したり、説得力を高めたりします。
SFC小論文は、まさにSFCで質の高い研究活動を行う素養があるかどうかを判断しています。今年度の問題は、様々な図表(エビデンス)を読み解いた上で、自分の主張をサポートするエビデンスをピックアップし、論理展開を行なっていくというものです。これは、研究に求められるスタンスとまったく同じです。
したがって、普段の学習から、素早く図表を読み解き、「この図表から言えることは何か?」という示唆を、自分なりに抽出する癖を身につけるようにすると良いでしょう。
それでは、各設問の解説を進めていきましょう。
問1
資料1で言及されている10のリスクのうち、いずれかを選択し、またその根拠となる図表を選ぶ(または空欄にする)という問題です。
本問に、唯一絶対の解はありません。どういった視点で、根拠となると判断したかによって、回答が異なるからです。そのため、10のリスクに関連するワード(用語)が図表に入っていれば、それをリストアップするという発想で取り組めば良いと思います。
さて、参考までに、それぞれの図表を読み解く上でのポイントを列挙していきます。
(図表A):サイバー犯罪に関する検挙件数の推移
・サイバー犯罪の件数は、近年増加傾向にある
・特に、ネットワーク利用犯罪の増加は、10年前と比較して184%増と著しい成長(定量的に示すことがポイント)
(図表B):世界の水資源利用
・1人あたりの水資源量について、先進国(日本)比べて開発途上国(インド、中国)は1/2〜2/3程度
・1日あたりの生活用水使用量(L/人)は、先進国(日本)比べて開発途上国(インド、中国)は1/3程度
(図表C):核弾頭保有数の推移
・1980年代後半をピークに、世界は核軍縮に向かっている
・核保有数の割合は、従来は米国とロシアが二大巨塔だったが、現在はその他の国の保有割合が増加している
(図表D):1日あたりの新たな難民・避難民発生数
・14年間で約14倍に増加
・難民の主な地域は中東で、原因は政治的要因や人種差別、宗教問題などだという背景知識があると良い
(図表E):栄養不足人口の地域別割合
・アジアが約2/3、特にインドと中国
(図表F):日本の主要国のジニ係数の推移
・まず、ジニ係数とは所得格差を示す指標であり、「完全な所得分配ができている場合は0、1つの世帯が所得を独占している場合は1となり、この0と1の間でその所得格差の度合いを示す」という背景知識が必要。SFCでは頻出の知識です
・1999年対比で、日本を含むほぼ全ての主要国でジニ係数は増加している
・すなわち、格差は拡大していると言える
(図表G):水・食料・エネルギーの関連
・水及びエネルギーの安全保障が、食料の安全保障に影響を与えている
・グローバル・ガバナンスの破綻及び経済格差が、より根本的な問題である
(図表H):欧米とラテンアメリカのポピュリズムの比較
・一概には言えませんが、left wing(左翼)は、
・典型的には労働者への支援を主張
・進歩主義、社会自由主義、社会民主主義、社会主義、共産主義、アナキズムなどが含まれます
・right wing(右翼)は、
・典型的には個人主義(経済的な自由主義)への支持を主張
・保守主義、反動主義、王党派、国家主義、ファシズムなどが含まれます
・欧州は、左派(左翼)政党はほとんど変化なしだが、右派(右翼)政党は伸長している。一方で、ラテンアメリカでは、右派(右翼)政党は変化なしだが、左派(左翼)政党は低減傾向だったが、2000年以降伸長している
(図表I):安全な飲料水にアクセスできる人口割合
・アフリカ諸国(途上国)では、安全な飲料水にアクセスできているとは言えない
(図表J):世界株式市場と経済政策不確実指数(グローバル)
・経済政策不確実指数と世界株式は、逆相関しているように見える
・2019年の世界株式は、経済政策不確実の影響を受けつつも、1997年比で約500%増になっている。長期的には右肩上がりだと言える
(図表K):食料需給の偏り
・栄養不足人口の割合が高い地域は、主にアフリカ大陸諸国
・図表Iと相関性があると考えられる
(図表L):経済犯罪報告比率
・2016年から2018年の2年間は、過去最大の伸び率(36%増)
・アフリカの比率が最大
・中南米では、2016年以降急増している
(図表M):世界経済のGDPギャップ
・文中の説明が不親切ですが、GDPギャップとは「国の経済全体の総需要と供給力の乖離」のことを示し、景気判断の参考指標として用いられています
・プラスの場合(総供給より総需要が多い場合)は、好況や景気が過熱していて、物価が上昇する要因となります。逆にマイナスの場合(総需要より総供給が多い場合)は、デフレギャップと呼び、景気の停滞や不況となっており、物価が下落する要因となります
・グラフからは、近年新興国及び途上国の経済成長が進んでおり、また景気は循環していると見ることができます
(図表N):世界の核弾頭保有状況
・ロシア、米国と比較して、予備分(実戦配備可能なもの)の全体に占める割合が高い
(図表O):OECD加盟国へのカテゴリー別永住移民流入数
・OECD加盟国とは、欧州諸国、米国、日本などを含む34カ国の先進諸国によって構成される、国際経済全般について協議することを目的とした国際機関を指します
・規模感及び数字の伸び率を考慮すると、自由移動の影響がもっとも懸念すべきと言える
(図表P):世界のエネルギー自給率と一次エネルギーの輸出
・欧米及び日本含むアジア全域は、エネルギーの輸入超過の状態
・サウジアラビア、ロシアへの依存度の高さが懸念される
(図表Q):石炭、原油、天然ガスの地域別の生産と消費
・西アジア以外のアジアでは、石炭、原油はエネルギー消費が需要に対して大幅超過
(図表R):世界人口の地域別割合
・人口は世界全体では増加傾向にあるが、新興国であるアジア、アフリカがその牽引役であり、ヨーロッパは減少傾向
(S)地域別のテロによる死者数
・西アジア=中東諸国(ナイジェリア、アフガニスタン、イラク)が、全体の3/5程度を占めている
・これらはエネルギー生産国であることに留意
(T):ウイルス届出件数の推移
・出所が情報セキュリティ白書なので、このウイルスはコンピュータウイルスだと推測します
・被害件数、届出件数ともに減少傾向
問2
3つのリスクのうちどれかを選んで、資料2のエビデンスを元に、予測の成否を論証するという問いです。記述の難易度としては、⑥サイバー・セキュリティがもっとも容易で、①経済格差がもっとも難関です。なぜなら、①経済格差は、様々な要因が絡み合うため、より多面的・複合的に論じる必要があるからです。
書きやすさを優先するなら⑥を選択すべきですが、おそらく大半の受験生はこれを選んでいると思います。他の受験生と差別化して高い評価を狙うなら、①を選択すると良いでしょう。
なお、本来この論点の回答は3,000文字あっても足りないような問題です。それを400字で回答するという制約なので、ツッコミどころ満載になることは承知の上で、自分の主張に合致するエビデンスを資料2からピックアップして、論理構成してください。
また、根拠となる図表は、出来るだけ複数挙げるようにしてください。多角的な視点で物事を捉えた上で、主張を展開できていると、読み手にアピールすることに繋がりますし、実際に複数のエビデンスを踏まえた主張の方が、説得力が増します。
問3
資料で提示されている10のリスク以外に、自分で思いつくリスクの事例を挙げるという問題です。これは背景知識がないと書き出すことは難しいです。日頃のニュースや時事問題への関心を高めておくことが求められるのはもちろんですが、何度もお伝えしているように、最良の対策はSFCの過去問に取り組むことです。総合政策学部の小論文では、グローバル化の功罪は頻出テーマですので、関連知識を学習しておくことが望ましいです。
今回は新型コロナウイルス感染症のヒントに記述しましたが、他には以下のようなリスクが挙げられます。
・GAFAと呼ばれるような一部民間企業の影響力の増加のリスク
・インターネット環境へのアクセシビリティのリスク
・インターネットサービスの利用データの所有権、プライバシー問題
問4
問いの指定が、「変化」「リスク」「好機」を論じなさい、とありますので、必ずこれら3つを明確に言及してください。
この問いは、一見独立した問題に見えますが、ここでも問いはそれぞれ連携していることを意識してください。
たとえば、ヒントは問3の記述に、「ただし、環境問題、自然災害に関するリスクは除く」とあります。これは、本問で使える材料なので、あえてこういった記述がなされているのだと読み取れます。したがって、環境問題・自然災害に関連する内容は、問4で積極的に使いましょう。
環境問題の「好機」については、温暖化のリスクを回避するために、温暖化の原因(CO2排出)を法制度や技術によって解決する機運が高まるのではないか、と展開していくのは一案です。たとえば、「CO2を排出しない再生可能エネルギーを推進する契機になる」と言えます。
まとめ
本年度の出題は、例年に増して、「情報処理問題」という性格が強かったと言えます。すなわち、「膨大な資料の中から、いかに自分の主張の説得力を高める根拠(データ)をスピーディーに探せるか」が肝となります。
図表(資料)はそれ単体で見るのではなく、ぜひ複数の図表(資料)を多面的に読み解くことをぜひお勧めします。「図表Aでは〜〜と読み取れるが、一方で図表Bでは〜〜と記述がある。すなわち、〜〜と言えるのではないだろうか。」というような流れが作れると、根拠が事実に基づいており、かつ複数の根拠を利用しているため、説得力のある小論文になります。