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慶應義塾大学 環境情報学部2018年【問い】
慶應義塾大学環境情報学部は、自分が心から好きで面白いと感じていることを研究し、人間の新しい未来をその研究によってみずから切り開きたいという熱意を持った学生を求めています。そのような思いを実現するには、まずは確かな基礎知識を身に着けることが大切です。しかし、それだけでは不十分です。これまでにないビジョンやコンセプトを創り出す力が必要です。さらに、研究成果を用いて人々や社会を動かすためには、ものごとを想像する力や自分が持っているイメージを他人に的確に伝える能力も必要です。
以上のことを理解した上で、次のページから提示されている四つの資料に目を通してください。それぞれの資料はタイトル、物語の一場面を描写した短い文、絵から構成されています。資料4には詳細な物語もついています。これは資料4のタイトルと短い文、絵をもとにして、ある作家が創作した物語です。
これら四つの資料について、以下の三つの問いに答えてください。
問題1
資料1~3の中で、あなたが一番興味深いと感じた資料はどれですか。その資料の番号に◯をつけてください(解答欄1)。ただし、資料4は問題2のための参考資料ですから、選べません。もし興味深いと感じた資料がなかった場合には、5に◯をつけてください。
問題2
あなたが問題1で選んだ資料をもとに物語を創作し、解答欄2-1にかいてください。物語の創作においては、あなたが選んだ資料のタイトル、短い文、そして絵が表している世界観を大切にしてください。あなたが資料から読み取って想像した世界を、読者が納得する筋書きに仕立ててください。その際、資料4に含まれている物語を参考にしてかまいません。なお、解答欄2-1の詳細な物語の中に、あなたが選んだ資料に記されている短い文を必ず全て含めてください。その短い文に必ず下線を引いてください。
もし問題1で選んだ番号が5である場合(資料1~3に興味深いと感じた資料がなかった場合) には、資料1~3と同じ様式で、あなたが独自に考えたタイトル、短い文を解答欄2-2に記し、絵は解答欄2-3にかいてください。さらに、詳細な物語を解答欄2-1にかいてください。なお、詳細な物語の中に、解答欄2-2に記した短い文を必ず全て含めてください。その短い文に必ず下線を引いてください。
問題3
あなたが問題2で創作した物語を通して、あなたが読み手に最も強く伝えたいメッセージは何ですか。解答欄3に200字以内で簡潔に説明してください。
慶應義塾大学 環境情報学部2018年【答案例】
問題1
資料2に丸を付ける(椅子が浮いている絵画)
問題2-1
ここは中世のヨーロッパ。「魔法」というものが人々の生活に溶け込んで久しい時代のことだった。自然科学の発展をあざ笑うかのように登場したそれに対して不信感を抱き声を上げるものもいたが、その利便性ゆえ魔法は水に落としたインクのごとくヨーロッパ全土へと広まった。そしてフランスもその例外ではない。この国の王、アンリは魔法をたいそう好むことで有名な男だった。
よく晴れた冬の日、アンリのもとへ有名な魔法使いの女と椅子職人の老人が面会を申し出た。アンリは快く彼らを迎え入れ、「お二人はそれぞれの分野において著名な方ですが、今日は一体どんな御用で。」と尋ねた。すると、椅子職人は黙って荷物箱を開き、中から木材を取り出し組み立て始めた。すべてのパーツに紫がかった赤色が妖しく光る紋章が刻まれているのをアンリは見逃さなかった。「魔法の椅子」彼がそうつぶやくと「すべてを天から見下ろすことのできる椅子です。」と魔法使いは初めて口を開いた。「これを献上しに、参りました」老人も消え入りそうな声でアンリにそう告げた。
彼らによると、その椅子はフランス以外では6つの国に献上されるらしく、フランスは5番目だという。「魔法好きで有名な私の国が5番目なのか」アンリは喉まで出かかったその言葉を静かに体内に引き戻しつつ、椅子を作った理由を老人に尋ねた。すると老人は「もう私は先も長くありません。最期に、私が生きた証を残したく思いました。それも伝説になるような物を作って。」と答えた。
なるほどこれは伝説になる、アンリは椅子の紋章をさすりながらそう感じた。楕円形に描かれたそれはぼんやりと光を放ち、眺める者の視線を一点に飲み込むかのような静かな迫力があった。
次の日からアンリはその椅子に座ってフランスの全てを見下ろすのを日課とした。「こんなに気分のいいことはない」と彼は椅子に惚れ込んだ。城の中でも、自分以外誰も椅子に触ることができないように厳重に保管した。他の六国の王と比べても、ここまで入れ込んでいたのは彼だけだったという。
そんな中、「その日」はやってくる。
20年に一度、世界の魔力が崩れる「傾き」という日が存在する。人々は、その日だけは一日中家に閉じこもって嵐が治まるのをただじっと待つ。「傾き」によって魔法をかけられたものはひとりでに、予想もできない方向に動き出してしまうからだ。人を感知して自動で開く扉、水を入れれば一瞬でそれを沸かすことのできる鍋、小さな怪我であればひと拭きで完治させてしまうガーゼ、すべてが動き出す。もちろん、あの椅子もだ。
アンリはその日が明日であることを臣下に告げられ、椅子を城の最上層である自分の部屋に軽く固定して寝床についた。彼は椅子を使っていくうちに、自分自身に魔力が宿ったと勘違いしていた。「傾き」が来ようと、自分が使っている椅子なのだから大丈夫だ、と大いに慢心していたのだ。
そして「傾き」は訪れた。アンリは臣下に連れられて地下室で安全な1日を過ごしたのち、自室に戻った。
部屋に目をやると、そこにあったのは椅子ではなく割れたガラスの破片とそれが放つ光だった。椅子は動き出し、ガラスを突き破り、どこかへ消えてしまったのだ。
アンリは自らの行動を悔やんだ。慢心を悔やんだ。本当は自分に魔力などないのに、無力なただの人間なのに、呆れるような勘違いをしていたのだと気づいた。やがてその感情は苛立ちへと変わり、気づけば彼は臣下に「『傾き』を口実に他国が私の椅子を盗んだに違いない。探せ。」と言い放っていた。
こうなってしまったのはフランスだけなのか。というとそうではない。椅子は他のものに比べても魔力が非常に大きいため激しく動き回り、いずれの国でも一度は姿を消した。しかし他六国の王はすぐに自国内を徹底的に調べさせ、椅子を回収していた。その間、フランスの人間は必死に他国で椅子を探していた。
ずいぶんと長く調査を行ったが、椅子は見つからなかった。はじめアンリはただひたすらに苛立ち、悔やんでいたが、自らの身体が病に冒されていると医者から告げられてからは、椅子に関して特段関心を示さなくなった。
そしてアンリはこの世を去った。彼の次に王となったアンリの息子は、何よりも最初に自国内で父を翻弄した件の五つ目の椅子を探すように命令した。
五つ目は結局フランスでみつかった。
問題2-2
七つの椅子 五つ目は結局フランスでみつかった。
問題3
私は、この物語を通して「大切なものは遠くではなくまず近くを探すべき」ということを読み手に伝えたい。世の中には、「自分探し」などといい海外を放浪する人間がいるが、私は「自分」という大切なものが自分の外にあるとは思わない。物語のアンリのように、遠くに自分の探しているものがあると決めつけて生きていると、結局何も見つけ出せないままとなることもあるのだ。
慶應義塾大学 環境情報学部2018年【解説】
SFCは「問題発見/解決」を学部としてのポリシーに置いていることもあり、基本的にはそれを小論文に書き出すことが基本戦略(わざとらしくないというのが大前提)です。
ただし、この問題に関しては「作ったストーリーに問題発見解決を盛り込まなきゃ!」と変に意気込まずに、自分が資料を見て思いついたことや感じたことを大切にし、そこから答案を作り上げていくべきだと思います。他年度の過去問を見ている方はなんとなく感じるかと思いますが、この年度の問いは、はっきりいって滅多に出ないジョーカーと言えるでしょう。
とはいえ、この問題にも他年度で使う考え方は十分に効果を発揮するので、安易に考えを捨てずに愚直に取り組みましょう。
まず問題すべてをざっと見た時に、問題3には「読み手に最も伝えたいメッセージ」というものが求められているとわかる記述があります。そして、問題2で物語を書かせる。つまり、問題3は物語を書くためのある種指標になると言えます。問題3を伝えるために問題2を書く。こうして見ると問題2−3間に、緩やかながら「問題発見/解決」の関係が存在しているとわかります。
それが分かったら、最初にするべきは「問題3で伝えたいこと」を定める作業です。基本的にはボリュームのある問題2から処理していきたいですが、先述の通り問題2とは問題3を伝えるための手段でしかありません。私の場合、難しいことを考えずに、知っていることわざなどから教訓を引っ張って来ようと考え、「灯台もと暗し」という「大事なものは意外と近くにあるんだよ」という趣旨のものを使いました。
あとは資料から、なければこの問題に関しては自分で絵を描いて題材にすれば良いのですが、非常に明確なビジョンを持っていて、その手書きの資料で最高の答案を作れるという確信が無い限りは、普通に用意されている資料から選んだほうが無難です。新たに資料を作る時間が非常にもったいないためです。
実際に受験して分かったことですが、SFCの小論文は本番になると色々考え込んでしまい、時間を余計に(人によってはギリギリまで)使ってしまう人が多いです。自分もそうですし、高校から一緒に受けた友人や入学してから知り合った友達もそうです。「小論で時間が余った」などという人は本当に少ないです。
この「物語を作れ」という問題は、個々人の感性やセンスによって答案の出来が大きく変動してしまうものなので、こうすべきという明確な指針や、答案内容についてのアドバイスは難しいものとなるのが正直なところです。
ただ、「安易に問題発見/解決に走らないほうがいい」ということだけは確実に言えます。確かにこの学部のポリシーはそれであり、それに沿った人間が欲しいというSFCの方向性には間違いありませんが、それはあくまで出された問題の流れに沿ってこちらが書いていくものであり、決して求められてもいないのに出すものではありません。
あくまでも、問いが求めている内容に対して、ストレートに回答を用意しましょう。この基本的なポイントを押さえれば、他の受験生に対して、大きく差を付けることができるはずです。
なお、環境情報学部2018年の別解は、こちらの記事をご覧ください。