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慶應義塾大学 総合政策学部2013年【問い】
SFCでは、毎年11月にオープンリサーチフォーラム(ORF)という研究発表大会を開催し、研究成果の発表やパネル展示、シンポジウムなどを行います。今年は特別プログラムの一つとしてある政党の次期党首候補者の弁論大会を開催します。テーマは「これからの日本の針路」で国家観を問う企画です。学生も審査に参加できることになり、大学との共同開催が実現しました。
今日はその当日です。登壇者はAからDの4組で党首と副党首の候補者がペアになっています。午前は各組が自説を述べました。午後は他組を批判しながら自組を補強します。午前はA、B、C、Dの順でした。午後はDが最初でC、B、Aの順に話します。最後には聴衆が採点をします。聴衆は党員と学生がほぼ同数で採点では「論旨の明確性」と「説得力」を重視します。
さて、今は昼休みです。あなたはD組のスピーチライターです。資料①をもとに午前の他組のスピー チを分析し、午後のスピーチ原稿を書いて下さい。その際には必要に応じて資料②を活用してください。第1問と第2問は準篠問題です。これを解いたうえで第3問に進み、ガイドラインに沿ってスピーチ原稿を書いて下さい。(第1問)
各組の主張を解答用紙の3つの観点から解答欄の4つのいずれかに位置づけ、該当する欄にAからDの組名を記入して下さい。なお、明確に解答できないと思う場合でも、一番近いと思う組名を一つだけ記入してください。①日本のこれまでの国家運営をどう評価するか
失敗・どちらとも言えない・成功・不明/判断材料が不十分②今後、日本を取り巻く環境はどうなると考えるか
悪化する・変わらない・良くなる・不明/判断材料が不十分③日本の今後の国家運営はどうあるべきか
今までの延長・少し変えるべき・大幅に刷新すべき・不明/判断材料が不十分(第2問)
D組は午前に「脱日本」「都市」「ネットワーク」というキーワードを示しました。午後は他組もキーワードを出すでしょう。A〜Cの各組の主張を象徴するキーワードを予想して3つずつ解答欄に磨いて下さい。なおキーワードは資料①の中のことばでも自分で考えたことばでも結構です。また各キーワードの文字数は8文字以内とします。(注) 第1問と第2問はあくまで準備問題です。無回答(空欄のまま)は減点となりますが、解答内容による点差は嘘かです。準備問題は早めに切り上げて第3問に集中してください。
(第3問)
午後のD組のスピーチ原稿を以下のガイドラインに沿って、横書き1500字以内で解答用紙に書いてくださいガイドライン
(1) 資料1を読むと「日本の針路」を考え、また各組の違いを比較する上で重要な論点がいくつもあることに気づきます(第1問の「観点」も論点の例です)。特に重要と思われる論点について各組の違いを分析しましょう。そのうえでD組の主張を補強しながら他組を批判してください。なお資料1からの引用や要約は必要かつ最小限にとどめてください。
(2) 他組を批判する際には、資料金なども活用して論理の矛盾やデータの裏付けの弱さを指摘してください。新たな事例を紹介してもいいです。なるべく実証的な議論を展開してください。
慶應義塾大学 総合政策学部2013年【答案例】
問1
①日本のこれまでの国家運営をどう評価するか
失敗…B、どちらとも言えない…D、成功…A・C、不明/判断材料が不十分…
②今後、日本を取り巻く環境はどうなると考えるか
悪化する…B・D、変わらない…C、良くなる…、不明/判断材料が不十分…A
③日本の今後の国家運営はどうあるべきか
今までの延長…A・C、少し変えるべき…、大幅に刷新すべき…B・D、不明/判断材料が不十分…
問2
A…日本型経営、日本型のモデル、楽観主義
B…歴史の偶然と幸運、ゼロからの再出発、政府主導の復興策
C…したたかな受け身、非拡大非成長、日本の方針の不在
問3
午前中の各組のスピーチを聞き、それぞれが掲げる国家観をポジショニングマップに示してみよう。縦軸に政府の関わり方として、「小さな政府論」と「大きな政府論」を据えて、横軸に政策の具体性として、「具体的」「抽象的」を据える。そのマトリクスで各組の主張を整理すると、D組は小さな政府論・具体的、A組は小さな政府論・抽象的、B組は大きな政府論・具体的、C組は大きな政府論・抽象的と分けることができるだろう。この整理を踏まえて、小さな具体的な政策に基づき小さな政府論を我々が展開すべきかについて、他組の主張の検証しつつ述べていきたい。
まずA組は、「これまでの日本は素晴らしい実績を出してきたので、今後についても特に悲観になる必要はない」と指摘している。その実績の根拠として、「わが国一人当たりのGDPは他の先進国と引けを取らないレベルで成長し続けている」と述べているが、図2によれば、日本と米国との一人当たりのGDPの差は開く一方である。また、今後の国家運営については、「日本型のモデル」の提示という抽象的なビジョンの提示に留まっており、国家としての具体的な方針は提示されていない。
次にB組の国家観を一言で表すと、「これまでの日本は運が良かっただけだ、今後は国を中心にゼロから再出発して、国家が官民を主導すべきだ」という、大きな政府論を展開している。短期的にはインフラの再整備を最優先にするとしており、その根拠の1つとして、「日本は欧米に比べてインターネットの普及が著しく遅れている」と述べているが、図5によれば、日本の普及率は米国よりも高いことが明らかだ。また、「今は緊急事態」だとしているが、前段での「日本は差し迫って困っていない」と主張と論理矛盾している。
そしてC組の国家観は、「これまでに日本には周到な国家戦略はなかった。今後も、日本の方針は明確には描けず、国としての指針はその都度決める」という楽観主義論である。しかし、「したたかな受け身」の姿勢で日本は外部環境の変化に乗り越えられるのだろうか。実際のところ、C組は「日本経済には十分な蓄積がある」と述べているが、図7によれば、GDPの2枚以上の公的債務が積み上がっている。日本の財政は危機的状況で、成長を拡大させなければならないのではないだろうか。
今後更なる少子高齢化迎える日本では、社会福祉費用がより増大し、さらに公的債務残高が増加することが予想される。このような状況において、我々D組が掲げるこれからの日本の国家のあり方は、日本を取り巻く国内外の環境変化に対応すべく、企業や非営利組織を中心とした民間セクターがより活動しやすいように規制緩和や分権化を促進するという小さな政府像を目指すべきだと考える。そのため、国家は、海外諸国から日本へのインバウンドや外資企業の誘致を促進する政策を展開していくべきである。また、国家という単位だけでなく、より地方都市の魅力づくりを支援し、そのために財政や行政ルールの面で分権化を促進していく。午前中に「日本企業は、相対的には小さすぎてグローバル競争には勝てない」と指摘した通り、図3によれば、たしかに世界上位企業ランキングに日本企業は1社しかランクインしていない。しかし、都市別にみればTOP10に日本は2つランクインしており、また東京はトップである。さらに、日本の地政学的な特徴を活かして、経済発展が著しいアジアにおいて、日本のカルチャーを海外に輸出していくことを支援すべきだろう。このように、日本を海外に売り出し、また地域への分権化を同時並行で実施する支援者としての役割が、これからの国家に求められると考える。(1,491文字)
慶應義塾大学 総合政策学部2013年【解説】
総評
慶應義塾大学総合政策学部の例年の出題傾向と同様に、本年度も、2時間という制限時間に対して、図表を含む膨大な資料の読解と、1,500文字程度の長文回答が求められる問題となっています。
テーマは「国家観」ということで、総合政策学部では頻出のものです。形式としてはスピーチ原稿を作成するという点がユニークではありますが、本質的には従来の傾向と大きな変化はありません。
ただし、当たり前ですが、資料を精読して、図表を読み解き、問いを振り返って答案用紙を埋めていくとなると、時間が足りなくなることは目に見えています。
したがって、いつも通り、問いの要求から逆算して、答案の構成を考えるところから始めましょう。特に、本年度の問いは、” (注) 第1問と第2問はあくまで準備問題です。無回答(空欄のまま)は減点となりますが、解答内容による点差は嘘かです。準備問題は早めに切り上げて第3問に集中してください。”と親切に記載されています。これを読む限り、問1と問2は、問3の回答作成のためのアウトラインという位置づけだと捉えることができます。そのため、ただ上から下へぼーっと資料を読み進めるのではなく、論点整理をしながら読み進める必要があります(「小論文を学ぶ」でいう、面読みの技術です)。
また、問2ではD組のキーワードの記載がありますので、D組から読み始めて、キーワード(観点)の抽出の仕方を押さえておくのもアリです。
問1
短い制限時間で合格点を超える回答を作成するためには、「一言で言うと、A〜D組は国家に対してどういうスタンス(ポジション)を取っているのか?」と単純化して考える必要があります。一例としては、以下のようになります。
A組…これまでの日本は素晴らしい実績を出してきたので、今後についても特に悲観になる必要はない(政府は特に何もしない)
B組…これまでの日本は運が良かっただけだ、今後は国を中心にゼロから再出発して、国家が官民を主導すべきだ(大きな政府論)
C組…これまでに日本には周到な国家戦略はなかった。今後も、日本の方針は明確には描けず、国としての指針はその都度決める
D組…これまでの日本の国家論には特に言及はなく、今後は国家の戦略や針路を描くのではなく、中央集権体制は融解していく(小さな政府論)
問2
この問題は、有り体に言えば、適当にキーワードを各組のスピーチ内から抜き出すか、問3で使うワードを創出するという形で良いかと思います。問3が重要なので、問3を中心に、一貫性を出せるように意識しましょう。
問3
本問の制限字数は1,500文字と、大学受験小論文でも最高峰の分量ですね。
こういう長文回答の場合は、必ずアウトラインを設計しましょう。アウトラインなしに書き進めると、回答の全体像がブレてきて、途中で何を書いているのか自分でも分からなくなってしまう恐れがあります。
アウトラインは回答全体の「地図」ですので、ラフなものでも構いませんので、必ず作成することをお勧めします。
論点の違いに言及するという指定なので、論点を整理するためにポジショニングマップ(マトリクス)を作ると良いでしょう。資料の論点整理は、SFC(特に総合政策学部)では頻出なので、ポジショニングマップを作るというテクニックを是非活用してみてください。
・縦軸=政府の関わり方…小さな政府論 – 大きな政府論
・横軸=政策の具体性…具体的 – 抽象的
このように論点をシンプルに整理することで、自説(D組)との違いを文章化すると良いでしょう。
また、文章構成について、1段落300文字×5段落=1,500文字として、ざっくりと4〜5段落構成にすることを想定します。
1段落目…全体のサマリー
2段落目…各組の論点の違いに言及
3段落目…A組〜C組への反論
4段落目…D組の主張
5段落目…結論
1段落目の冒頭と5段落目の結論部分は少し短くし、その分4段落目の主張部分を厚くすることで、より自説の主張を強化することができます。
まず、2段落目については、問1と問2を参考に文章化していきます。
そして、3段落目については、まず、A組〜C組の各文章と資料2を照らし合わせて、論拠の矛盾や反論の根拠を整理します。この場合、資料2を先に目を通しておき、アンテナを貼りながらA組〜C組の文章を読むと、文章と資料を行ったり来たりする手間が省けます。
・A組
・「わが国一人当たりのGDPは他の先進国と引けを取らないレベルで成長し続けている」と述べているが、図2によれば、日本と米国との一人当たりのGDPの差は開く一方である
・グローバル化が拡大する中で、先進国だけでなく後進国とも比較しなければならない
・国家としての具体的な方針が提示できていない
・B組
・「日本は欧米に比べてインターネットの普及が著しく遅れている」と述べているが、図5によれば、日本の普及率は米国よりも高い
・C組
・「日本経済には十分な蓄積がある」と述べているが、図7によれば、GDPの2枚以上の公的債務が積み上がっている
・「企業は海外投資を相当やっている」と述べているが、図8によれば、GDPの輸出依存度は15%程度であり、隣国の韓国が50%程度であることと比較すると外需の拡大余地は大きくあると言える
・D組
・「日本企業は、相対的には小さすぎてグローバル競争には勝てない」とある通り、図3によれば、たしかに世界上位企業ランキングに日本企業は1社しかランクインしていない。しかし、都市別にみればTOP10に日本は2つランクインしており、また東京はトップである
最後に、D組の主張部分についてですが、ここはいわば「SFC的思考」に基づきアプローチしていくことが望ましいです。