この記事の目次
慶應義塾大学 環境情報学部2020年【問い】
慶應義塾大学環境情報学部は、「人を取り巻くものは環境、そことやりとりすることは情報」というコンセプトのもと、1990年に創立されました。以降30年間、方法論に縛られることなく、ときにひとつの学問を徹底的に深掘りしながら、ときに複数の領域を柔軟に横断しながら、新たな知の創造に挑戦し続けてきました。その方法論の幅広さゆえに、「多様性」が環境情報学部を象徴する唯一無二のキーワードかのように捉えられがちですが、同時に、「環境」と「情報」という二大キーワードの中心に「人」の存在を意識していることも大きな特徴です。
そこで、2020年度の入学試験の小論文では、環境情報学部において次の時代を切り開くための学びを修めようという皆さんに、「人間性」について考えていただきます。ここでいう「人間性」とは、我々が生まれながらにして備えている「人間らしさ(humanity)」のことであり、個々人の「人柄(personality)」のことではありません。
次頁からの4つの資料では、霊長類学/ロボット工学/神経科学/哲学という異なる学問領域の科学者たちが、それぞれの視点から「人間性」についての議論を展開しています。これらを熟読した上で、以下のふたつの問題に取り組んでください。
問題1
4つの資料と対応する番号の解答欄に、それぞれの筆者が論じている「人間性」とはどのようなものか、一目でわかりやすく表現してください。文章に限らず、図や記号などを用いても構いません。ただし、【1】〜【4】のそれぞれの解答には、「人「環境」「情報」という3つの言葉を必ず含むようにしてください。
問題2
これからの30年で起こり得る社会システムの変容に、私たちの「人間性」はどのように影響されるでしょうか?また、こうした「人間性」を自覚した上で、あなたは未来社会においてどのように振る舞っていこうと考えますか?合計1000文字以内で、これからの「人間性」を論じるとともに、未来社会をよりよく生きるためのあなたの考えを述べてください。問1において導かれた4つの「人間性」を十分に理解したうえで、このうちのひとつ(または複数)を選択して議論を深めても、あらたな「人間性」を自身の生活のなかから見出して議論を展開しても構いません。
慶應義塾大学 環境情報学部2020年【答案例】
問題1
問題2
これから30年で起こることが予想される社会変革として、AIの人々の生活への浸透があげられる。AIが生活に浸透した社会では、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合し、現在の社会問題の多くが解決されている。そのような社会では、あらゆるデータが保存され、情報によってさまざまなものが管理されている。そのため、変容した社会では、情報化できるものや言語化できるようなものはAIが管理するため、AIが取り扱えないもの、すなわち「人間性」に関係することこそが今後人間が解決していかなくてはならない問題となっていくだろう。
ここで、人間性について考える。「人間性」にはいくつか種類があるが、その一つが創造力である。AIは道具であり、そのためAIでは人間の可能性を広げるような、クリエイティブな道具を生み出すことはできない。想像力とはそのような人間の可能性を広げる道具を生み出す力である。また、AIは情報になるものを扱うが、情報化できない人間の言葉を用いないコミュニケーションや、無意識の行動、欲望なども「人間性」に含まれる。
では、今後人類がこれらの「人間性」を発揮していくにはどうしたら良いのだろうか。私はその問題を解決してくれるのもまた、AIであると考える。問1の【1】でも述べた通り、道具を進化させることで人間は、情報によってやりとりできる環境を広げ、人類の可能性を拡張することができる。この点で、道具であるAIによって、「人間性」を活用する幅も広げることができるだろう。また、情は人間の特徴の一つであるが、時に情が人間の弱点となることがある。AIは人間のように情に流されることはなく、人間の弱さを補うことができる。もちろんAIに頼り切るのは問題だが、一方でAIを有効活用しなくては、今後人類が直面する問題に対応できないだろう。つまり、AIを生活の中に適度に取り込むことで、「人間性」を強化することができるのだ。
以上のように、「人間性」を実際に発揮できるのは人間しかいないものの、AIを用いることで、その可能性を拡張することができる。したがって私は、未来社会をよく生きるためには、AIと共存することで、自らの「人間性」を存分に発揮するような生き方が重要だと考える。(910文字)
慶應義塾大学 環境情報学部2020年【解説】
2020年の環境情報学部の小論文は、慶應SFCでもトップクラスの難易度です。描き切ることができただけでも十分自信を持っていい内容でしょう。
問1では4種類の「人間性」について、文章から読み取ります。文章が非常に長い上、簡単には「人間性」が何かわかりにくくなっているため、多くの人がここに時間を取られてしまいます。問1を間違えてしまうと続く問2でも正解しづらくなる点でも高難易度であると言えるでしょう。
さらに問2ではsociety5.0に関する前提知識が必要な他、「人間性」とAIに関して、人間の今後の理想的な振る舞いについて論じていく必要があり、かなり解きにくかったと言えるでしょう。
総合政策学部の2020年や、環境情報学部の2021年を使って練習してみるのもいいでしょう。1回目で問2まで書き終わる人はなかなかいないので、時間をかけてでも丁寧に、何回も時直してみてください。
導入文
まず導入文で注目すべきなのは、一行目の「『人を取り巻くのは環境、そことやり取りするのは情報』」という部分です。まずは人間が外部の世界と情報を用いてやりとりをするという概念を理解しましょう。
さらに、10行目の「『人間性』とは、我々が生まれながらにして備えている『人間らしさ』のことであり、個々人の『人柄(personality)』のことではありません。」という部分も、「人間性」を掴んでいく上で手がかりとなります。
この文章にある通り、「人間性」とは人が生まれながらに持っているもの、つまり人間以外のもの(AIなど)は持たないものです。Society5.0などの具体的なことは問2の解説で説明しますが、この問題では基本的に人間とAIの対比によって人間性を考えていってください。以上のことに注意して問題を解いていきましょう。
問1
問1では、文章から「人間性」を読み取り、一眼でわかりやすく表現することが求められています。もちろん図を用いて説明できれば良いのだが、ここで扱われる「人間性」は複雑なため、文章で表現するのも問題ないでしょう。
それでは5種類の「人間性」について解説していきます。
(1)創造力
導入部分から「人」が「情報」を用いて「環境」とやり取りすることはわかりました。そこで『子供を守るためのコミュニケーション』を読むと、6段落目の「ですから、道具の出現もまた、人間の新たなコミュニケーション能力をもたらしただろう」という部分や、7段落目の「そして、言葉ができたことによって、人間はさらに新たな領域に入りました。」という部分からも、「人」が道具を発達させることにより「環境」とやりとりできる「情報」の量が増えるということがわかります。
この時、AIについて考えると、AIは道具の一つであり、AIは人間の可能性を広げてくれます。しかし、AIでは時間を超えたり、ワープしたりすることはできません。イノベーションを起こすような道具を作ることができるのは、「人」のみであり、道具であるAIでは、そのようなことはできません。
したがって、新たな道具を生み出す創造力が「人間性」であることを、できるだけ簡潔に示しましょう。
(2)意思疎通
【2】の文章では、ロボットが人間のように振る舞うことで、演劇の視聴者が人らしさを感じた例を用いて、人の心や意識、感情などの正体について述べられていました。
ここでAIと人間を比較すると、AIにも人間の言動に関するデータを読み込ませることで、心があるかのように見せることは可能だということがわかりました。逆を言うと、データとして読み込めないようなものはAIには再現することができないということです。
よく、母親が、赤ちゃんが泣いているのを見ただけで、赤ちゃんが何を求めているのかを理解したり、友達同士が相手を軽く叩いたりしてコミュニケーションをとるところを見たことがあると思います。
しかし、それらはロボットにとっては赤ちゃんが泣いているだけのこととしてや、単なる暴力として捉えられてしまいます。つまり、このような言語によらないコミュニケーションが「人間性」の一つなのです。
(3)無意識
【3】の文章では、人間は多くの情報を意識することなく処理することが述べられているが、コンピューターは全ての情報を同じように処理しています。
他にも人間は無意識のうちに外の環境と情報を用いてやりとりをし、その中で突然のひらめきなどが生まれる場合もあります。これらのことはAIなどの機械には不可能なことであり、「人間性」の一つの形だと言えるでしょう。
(4)欲
【4】の文章で鍵となるのは「この気まぐれに必然性のような印象を与えるためには、物語が必要になります。といっても、その物語自体が何か必然的な理由を持って交替するわけではない」と言う部分です。
流行は人の欲望が元に形成されますが、この文章からは、流行や欲望には何の必然性もないことがわかります。必然性のないものを、AIを用いて予測したり管理したりすることは不可能でしょう。つまり、人間の欲望もまた「人間性」であることがわかります。
(5)情
4つの文章の中には登場しませんでしたが、情もまた非常に重要な人間性の一つなので、問2の生活の中から見出した「人間性」として解説しておきます。
わかりやすい例でいうと、人間の裁判では情状酌量と言うことがありますが、AIの裁判官は法律と先例にのみ従います。つまりAIは情を持つ柔軟性がないのです。
もちろん情は、人間が情を持つことにより、咄嗟の判断が遅れ、問題が発生するような弱点にもなりますし、情を持つことにより住みやすい社会が実現することもあります。
つまりここで重要なのは、情を持つ人間と情を持たないAIが共存して、お互いの弱さをカバーし合うことでより良い社会を実現できると言うことです。情は、問2の問題では人間とAIの共存として、書きやすい「人間性」であり、ぜひ押さえておきたい「人間性」の一つです。
問2
問2では、30年間で起こり得る社会システムの変容と、「人間性」への影響、さらに未来社会における振る舞い方を述べる必要があります。
まずは社会システムの変容です。総評や導入文の解説でも書きましたが、ここではsociety5.0を意識する必要があります。
Society5.0とは、AIが高度に発達したことで、フィジカルとでディジタルが融合した社会のことで、狩猟社会であるsociety1.0、農耕社会であるsociety2.0、工業社会であるsociety3.0、情報社会であるsociety4.0と比較すると、society5.0はAI社会にあたります。
今、世界的に、このsociety5.0に移行しようという流れがあり、これを踏まえた上で今回の小論文では、AIと「人間性」を中心に回答を組み立てていきましょう。解答を作る際にはまず、これからsociety5.0へと社会が変容することをsociety5.0がどのようなものであるかを含めて説明しましょう。
それを書いたら次は、AIの持たない「人間性」が、AIが多くのことをこなす世の中で人間に求められるようになることを、問1であげた「人間性」についてもう一度まとめた上で示しましょう。
最後は変容した社会における振る舞い方です。問1で求めた「人間性」の一つである創造力でもあった通り、AIは道具であり、人間の可能性を拡張してくれるので、十分に利用していく必要がありますが、一方でAIに頼りすぎていては「人間性」を発揮できません。情に関するところで紹介した通り、AIは人間の弱さをカバーし、強みを発揮しやすくしてくれます。これらのことからも、これから社会が変容する中で求められる振る舞いはAIとの共存であると言えます。共存によって人間性を発揮することを明確に解答にしていきましょう。
総評
問2は書かなくてはいけないことが多く、構成が難しかっただけでなく、内容面でもsociety5.0を前提としている上、「人間性」について深く考察していく必要があり、時間的にも、内容的にも非常に書きにくいです。問1をいかにスムーズに解けたかが鍵になったでしょう。
以上で環境情報学部2020年の小論文解説を終わります。